医療・福祉

電車に乗る練習は2分ほどの区間から ANA成田エアポートサービスで研修運営を担うSさんとドットワークの伴走支援

電車に乗る練習は2分ほどの区間から ANA成田エアポートサービスで研修運営を担うSさんとドットワークの伴走支援

障がいのある人が働き始めるまでには、就職活動だけでなく、通勤や情報の整理、周囲への相談といった過程にもさまざまな困りごとがある。ドットラインの就労支援事業「ドットワーク」(千葉)とANA成田エアポートサービス株式会社は、一人ひとりの課題を整理して「できること」を増やし、就職と職場での活躍につなげる伴走支援に取り組んでいる。今回紹介するのは、公共交通機関の利用に大きな不安を抱えていたSさんの歩みだ。

ANA成田エアポートサービス株式会社のSさん
ANA成田エアポートサービス株式会社のSさん

研修チームの一員として、少しずつ広がった仕事の幅

20代のSさんは、全般性不安障害(GAD)の診断を受けている。ドットワークの就労移行支援を経て、2026年2月にANA成田エアポートサービスへ障がい者雇用枠で就職した。現在は就労定着支援を利用しながら人事部人事課の研修チームに所属し、データ入力や各種申請、研修資料の作成、備品の準備などを担当している。任された仕事をやり遂げたときや、職場で感謝の言葉をかけられたときに「自分も役に立てている」と感じられることが、Sさんにとってのやりがいだ。

採用担当の藤井美希さんによると、Sさんは現在、若年層向け研修の副担当も務めている。外部の研修会社との打ち合わせや受講者の調整、当日の運営、請求書対応、アーカイブ動画の編集などにも携わる。ただし、最初からこれだけの業務を任せていたわけではなく、本人の成長を見ながら担当範囲を少しずつ広げてきた。入社当初は決められた手順に沿った作業が中心だったが、今では「次はここをやっておきますか」と確認したり、「こうしたほうが分かりやすいかもしれません」と提案したりするようになった。Sさん自身も、社会人として、会社の一員として働いている自覚が生まれ、自分の立場を考えながら責任を持って行動することを意識しているという。

ANA成田エアポートサービス株式会社の藤井さん
ANA成田エアポートサービス株式会社の藤井さん

バスに30分、電車は2分ほど――段階を踏んで重ねた「できた」

就職前のSさんは、閉鎖空間への不安から公共交通機関を利用することが非常に難しい状態だった。複数の情報を一度に理解することが難しく、焦るとパニックになることもあった。「安定して働けるのだろうか」「自分の特性がありながら仕事を続けられるのだろうか」という不安に加え、障がいや特性を企業に伝えることにも不安を抱えていた。大学在学中にハローワークで相談したことをきっかけにドットワークを紹介され、利用を始めた。

ドットワーク千葉駅前Ⅱの澤﨑瑞穂さんは、まず週1回の面談で「今できていること」「難しいこと」「就職に向けて身につけたいこと」をSさんと一緒に整理した。やることを抱え込んでしまうこともあったため、ToDoリストを使って整理し、あわせて「できたこと」も見えるようにした。できなかったことだけでなく、「今日はここまでできた」と確認することを大切にしたという。

大きな課題だった公共交通機関の利用は、家族の付き添いのもと、自宅からドットワークまでバスに乗ることから始めた。30分間乗れたことはSさんにとって大きな経験となり、次は電車に挑戦した。最初はほんの2分ほどの区間だったが、「2分なら乗れた」と思えたことで「次も乗れるかもしれない」と感じられるようになった。澤﨑さんは、国土交通省の資料(令和2年度「知的・発達障害者等に対する公共交通機関の利用支援に関する検討会」資料)で精神障がいのある人の半数以上が外出時に何らかの支援を必要としていると示されている一方、こうした困りごとは外から見えにくく、支援ニーズが潜在しているケースもあると考えられると話す。Sさんの場合は、いきなり一人での通勤を目指すのではなく、家族と乗る、短い距離に挑戦する、顔見知りの支援者と乗るという段階を一つずつ踏んだ。訓練では「今から駅まで行きます」と開始報告を受け、終了後はその日の様子をメモに残して一緒に振り返り、「できたこと」を確認して次の挑戦につなげた。

Sさんの歩み

  • 2018年頃:高校在学中に、閉鎖空間への不安を抱くようになる
  • 2022年頃:大学在学中、自分の特性との向き合い方に悩む中、ハローワークの就職相談でドットワークの紹介を受ける
  • 2025年4月:ドットワーク千葉駅前Ⅰに通所し、自立訓練を利用
  • 2025年7月:通所が厳しくなり、在宅支援に対応していたドットワーク千葉駅前Ⅱに移籍。就労移行支援に切り替え、在宅支援により不安障がいを克服し、スキルを習得
  • 2026年2月:ANA成田エアポートサービスに障がい者雇用枠で就職
  • 現在:人事部人事課に勤務。就労定着支援を利用しながら、研修運営など幅広い業務を担当
ドットワークの澤﨑さん
ドットワークの澤﨑さん

「自分にもできるかもしれない」から「ここで働きたい」へ

澤﨑さんと目標を整理しながら成功体験を重ねるうちに、Sさんは「本当に働けるのだろうか」という不安から、「自分にもできるかもしれない」と前向きに就職を考えられるようになった。成田で育ち、成田空港が身近な存在だったことも、ANA成田エアポートサービスを選んだ大きな理由だ。会社見学では社員が優しく接してくれ、職場の雰囲気に安心感を持てたことで「ここで働きたい」と思ったという。

藤井さんがSさんに可能性を感じたのは、自身の特性を理解し、苦手なことにも素直に向き合っていた点だ。同社で働くために何が必要かを考えて努力し、会社見学でもメモを取りながら納得できるまで質問する姿から、働きたいという強い意思を感じたという。複数のことを同時に処理する点には不安もあったが、実際には自分の中で情報を整理しながら丁寧に仕事を進めている。澤﨑さんは、就職前にToDoリストで優先順位を整理する練習を行ったことや、分からないことを一人で抱え込まず「まず相談する」ことを大切にしてきた経験が、現在の仕事にも活かされていると見ている。

電車に乗る練習は2分ほどの区間から ANA成田エアポートサービスで研修運営を担うSさんとドットワークの伴走支援

就職はゴールではない。職場と支援者が続ける伴走

職場では、仕事を依頼する際に「今、仕事はいっぱいありますか」と声をかけたり、説明の際にはメモを取る時間を待ったりといった配慮がある。Sさんは、そうした環境のおかげで必要以上に焦らず仕事に集中できていると話す。藤井さんは、採用だけでなく、その後も長く働き続けてもらうことが大切だと考えている。障がい者雇用だからこの仕事だけと決めるのではなく、本人のスキルや成長に合わせて仕事の幅を広げていくことも重要だという。

ドットワークの支援も、就職した時点で終わるわけではない。就職直後は月1回程度、企業と本人を交えた定着面談を行っていた。現在は安定して働けているため、今後は3か月に1回程度を予定している。面談では本人と企業の双方から話を聞き、「できたこと」「良かったこと」を確認したうえで、次に取り組むことを一緒に考えている。澤﨑さんは、苦手なことがあっても「できない」で終わらせず、「どうすればできるか」を考えられるようになったことがSさんの大きな変化だと語る。Sさんは、うまくいかないことがあると自信をなくしてしまうことがあり、そんなとき澤﨑さんは自分の軸を戻してくれる存在だと話す。できなかったことだけでなく、できていることを一緒に確認してもらえることが自信につながっているという。以前は難しいと感じていた請求書の申請も、今では少しずつできるようになった。これからも自分の特性と向き合いながら一つずつ挑戦し、できることを増やしていきたいと話している。

出典:ドットライン

ご意見を投稿する

メールアドレスは公開されません。